Brand Design lab.
ブランドデザイン研究所
ムーンスター:150年の歴史が教えてくれる「ブランドの育て方」
ブランドを読み解く
2026/4/3
こんにちは、スタジオグラムです。
あなたは「ムーンスター」という靴ブランドをご存知でしょうか。学校の上履きや運動靴でお世話になった記憶がある方も多いかもしれません。実はこのブランド、福岡県久留米市に根を張り、153年の歴史を持つ老舗メーカーが展開しています。2026年3月、同社は新しいブランドスローガン「Better Normal. 基本をよりよく、暮らしをうれしく。」を発表しました。長い歴史を持ちながらも、常に自分たちの根っこを問い直し続けるその姿勢を、今回はブランドデザインの視点から読み解いていきます。調べていく中で、私たちにとっても多くの学びがありました。
ムーンスターとは?

株式会社ムーンスターは、1873年(明治6年)に初代倉田雲平が福岡県久留米市で「つちやたび店」として創業した靴メーカーです。
座敷足袋の製造から始まり、日本初のミシン導入による大量生産、地下足袋・布靴の展開を経て、現在はスクールシューズから大人向けウォーキング・スニーカーまで幅広いシューズを手がけています。
久留米はブリヂストン・アサヒシューズとならぶ「ゴム三社」の地として知られ、ムーンスターはその一翼を担ってきました。2006年に現社名へ改称し、2023年には創業150周年を迎えた、まさに地方発の老舗ブランドです。年間約500万足のスクールシューズを生産するなど、日本人の足元を長年支え続けています。
ブランドデザインの視点で読み解く
誰に向けたブランドか:「日常の足元」を選んでいる人たち
ムーンスターが向き合うターゲットは、「特別な日のための靴」を求める人ではありません。毎日の通学や通勤、散歩や買い物といった、暮らしの中の普通のシーンで靴を必要とする人たちです。これは一見シンプルなターゲット設定に見えますが、実はとても覚悟がいる選択です。「日常に寄り添う」ということは、派手さや話題性ではなく、使い続けてもらえる信頼性で選ばれなければならないからです。
同社の担当者はこんな言葉を残しています。「僕らの靴は主役になるよりも、履いている人を引き立てるような存在でありたい」。この一文に、ブランドのターゲット観が凝縮されています。主役はあくまでも「使う人」であり、靴はその人の暮らしを静かに支えるものでありたいという姿勢です。
私たちがクライアントとブランドの方向性を考えるとき、まず「誰に届けたいか」を明確にするところから始めます。そのとき大切なのは、「誰でもOK」という答えを出さないことです。ターゲットを絞れば絞るほど、語りかける言葉が具体的になり、デザインにも一貫性が生まれます。ムーンスターが「日常の足元を支える人」に照準を当て続けてきたことは、その好例といえるでしょう。
子どもの上履きから始まり、成長とともにスポーツシューズを履き、大人になってウォーキングシューズを選ぶ。ムーンスターはそのような一人の人の「靴の一生」に寄り添える数少ないブランドです。これは長い歴史と幅広い製品ラインがあって初めて実現できるターゲット設計です。
ロゴ・カラー・タイポグラフィ:「月と星」に込められた飛躍への意志
ムーンスターのシンボルマークの原型は1928年(昭和3年)にさかのぼります。当時の経営陣が海外進出を見据えた際、従来の「打ち出の小槌」という日本的な商標から、世界のどこでも通じる図柄への転換を検討しました。そこで選ばれたのが「月」と「星」でした。文字を読めない人にも伝わる普遍的なシンボルとして、月と星はまさに最適な選択だったのです。
その後2013年、創業140周年を機に現在のシンボルマークへとリニューアルされました。月は「右肩上がりのシルエット」へと洗練され、成長と前進を象徴するフォルムになっています。星は単なる図形ではなく「輝きに昇華させる」デザインへと進化しました。コーポレートカラーのネイビー(#003b90)は、信頼・誠実・上質さを体現する色として一貫して使われています。
ロゴのタイポグラフィは「MoonStar」という英字表記で、明朝系の品格ある書体が用いられています。これは「上品でありながら親しみやすい」というブランドの性格を文字でも体現しています。
周年のタイミングでロゴやシンボルマークを見直すことは、ブランドの進化を内外に伝える有効な手段です。私たちもクライアントの創業記念を機にロゴをリニューアルするご提案をすることがありますが、その際に大切なのは「捨てるもの」と「残すもの」の判断です。ムーンスターの場合、「月と星」というシンボルの本質は変えず、造形を現代に合わせて進化させました。歴史の重みを継承しながら、未来への意志を形に込めるという、理想的なリニューアルの姿です。
ロゴをリニューアルする最適なタイミングについては、以下記事でも解説しています。
[ロゴマークのリニューアル、最適なタイミングを徹底解説。](https://studiogram.jp/branddesignlab/5728/)
コンセプト・メッセージ・ブランドコア:「Better Normal」という静かな宣言
2026年3月に発表された新ブランドスローガン「Better Normal. 基本をよりよく、暮らしをうれしく。」は、一見地味に見えるかもしれません。しかしこの言葉の中には、153年の歴史を持つブランドが改めて自分たちの存在意義を問い直した末の、深い覚悟が込められています。
「Normal」とは、日々の暮らしに必要な基本性能を誠実に担保し続けること。見た目の流行や一時的なトレンドにおもねらず、「必要性と必然性から生まれるちょうどよさ」を守り続けるという宣言です。そして「Better」は、現状維持ではなく「よりよく」へ向かう前向きな姿勢を表します。機能を満たすだけでなく、履いた人の気分が少し上向きになるような靴でありたいという意志です。スローガン末尾のピリオド(.)は、創業150年超の歴史に基づいた「ブランドとしての覚悟」を象徴しているといいます。
また同社は自社の存在意義を「ザ・フットコンフォート・カンパニー(足の快適を約束する会社)」と定義しています。この定義が面白いのは、「靴を作る会社」ではなく「足の快適を約束する会社」という表現を選んでいることです。製品ではなく体験・価値を軸にブランドを定義している点に、ブランドコアの成熟度が見えます。
私たちが大切にしていることの一つに、「デザインは見た目ではなくコミュニケーション手段である」という考え方があります。ムーンスターの「Better Normal」というスローガンはまさにその実践例です。このシンプルな言葉は、製品の機能説明ではなく、ブランドと生活者の間に「信頼の関係性」を築くためのコミュニケーションとして機能しています。言葉そのものが、ブランドの姿勢を体現しているのです。
顧客接点の設計:「使われてこそ」を体現するタッチポイント
ムーンスターの顧客接点の設計には、「選ぶ瞬間よりも、使う毎日を大切にする」という哲学が貫かれています。同社は「選ぶときより、買うときより、使っているときが、いちばんきもちいい」という考え方を軸に、製品から店舗、オウンドメディアまでを設計しています。
製品の品質面では「KURUME QUALITY」を掲げ、ヴァルカナイズ製法(加硫製法)という伝統的な職人技による靴づくりを継続しています。この製法は手間と時間がかかる分、耐久性と履き心地に優れており、「長く使い続けてもらえる靴」を実現するための技術基盤となっています。16,000を超える靴型(木型)と、26万足分を超える足型データの蓄積が、一人ひとりの足に合った靴づくりを可能にしています。
実店舗では、福岡・薬院に旗艦店「オルソー ムーンスター」を構え、ブランドの世界観を空間で体験できる場を用意しています。単に靴を販売するだけでなく、作り手と使い手が出会い交流できるコミュニティの場として機能させることを目指しています。
デジタル接点ではオウンドメディア「IN USE」を展開し、靴づくりの背景や職人の思いを丁寧に発信しています。また公式サイトでは「6ヶ月間の製品保証」を明示しており、品質への自信が顧客との信頼関係を形成する仕組みになっています。
こうした一連の接点設計に共通しているのは、「商品が選ばれた瞬間で終わらない関係性づくり」という視点です。日常の暮らしに寄り添い続けるブランドとして、購入後の体験こそが最大の接点であるという認識が、すべての設計に反映されています。
中小企業にとって参考になるのは、ムーンスターがすべての接点を「高価なものにしなかった」という点です。上履きという日常品を通じて子どもたちとの接点を作り、長年にわたり信頼を積み重ねてきました。派手な広告や華やかなポップアップイベントよりも先に、「毎日履かれる靴の品質」という最も地味な接点を徹底してきたことが、ブランドの土台になっています。接点の数を増やすより、一つひとつの接点の質を高めることの大切さを、このブランドは教えてくれます。
このブランドから中小企業が学べること
今回ムーンスターの事例を調べていく中で、私たちも改めて気づかされたことがあります。それは、「長い歴史を持つブランドが強いのは、歴史があるからではなく、その歴史の中で何度も自分たちの根っこを問い直してきたからだ」ということです。
ムーンスターは153年の間に、社名を何度も変え、製品のラインナップを広げ、ロゴを刷新し、スローガンを更新してきました。それでも「足の快適を約束する」というブランドの核は変わっていません。変えるものと変えないものを明確に持ち続けてきたことが、老舗としての信頼と、時代への適応力を両立させてきた理由だと思います。
中小企業の経営者の方に、ぜひ問いかけたいことがあります。あなたの会社が「変えてはいけないもの」は何でしょうか。そして「時代に合わせて変えていくべきもの」は何でしょうか。この二つを言語化できているかどうかが、ブランドの強さを左右します。
大企業のブランド戦略は規模が違いすぎて参考にならないと感じる方もいるかもしれません。しかしムーンスターの本質は規模の話ではなく、「誰のために、何を大切にするか」という姿勢の話です。年商1億円の会社であっても、年商1000億円の会社であっても、この問いに答えを持っているかどうかが、ブランドの差になります。
また、ムーンスターが150周年という節目にロゴを刷新し、スローガンを更新したことも示唆的です。周年・事業承継・新規事業というタイミングは、自社のブランドを問い直す絶好の機会です。それを「なんとなく通過する」のか、「ブランドの意志を示す契機にする」のかで、その後の5年・10年が変わってきます。やらないまま過ごすことで、ブランドが少しずつ形骸化していくリスクは、決して小さくありません。
あなたの会社では、「変えてはいけないもの」と「変えていくべきもの」を、今言葉にできるでしょうか?
出典
- ムーンスター 公式サイト — https://www.moonstar.co.jp/
- KURUME QUALITY — https://www.moonstar.co.jp/kurumequality/
- 沿革 | 会社情報 | MoonStar — https://www.moonstar.co.jp/corporate/info/history.html
- 新しいシンボルマークを発表しました。| ニュースリリース | MoonStar — https://www.moonstar.co.jp/corporate/news/archive/post-47.html
- ムーンスター、新ブランドスローガン「Better Normal. 基本をよりよく、暮らしをうれしく。」を策定 | PR TIMES — https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000334.000010541.html
- ムーンスターはおかげさまで創立150周年を迎えます | PR TIMES — https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000218.000010541.html
- MOONSTAR MADE IN KURUME 公式サイト — https://moonstar-manufacturing.jp/about/
- 日本発の老舗スニーカーブランド「ムーンスター」が"コミュニティーブランド"へと進化 | WWDJAPAN — https://www.wwdjapan.com/articles/1087047
- 140年間一歩ずつ。歴史と職人技、そして地域の誇りから生まれた「MADE IN KURUME」のスニーカー — https://www.shakaika.jp/blog/22407/moonstar_kurume/
- vol.20 MOONSTAR「MADE IN 久留米」のスニーカーが、世界で愛される日を夢見て | キナリノ — https://kinarino.jp/cat1/14380
- Wikipedia「ムーンスター」— https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC
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この記事を書いた人
早野 悠
Hayano Yu

株式会社スタジオグラム 代表取締役
ブランドマネージャー認定協会トレーナー
コミュニケーションノイズを無くし、争いのない社会を目指してブランディングに取り組んでいます。福岡市を拠点に、3ステップでつくるブランディング×マーケティング手法で述べ60社をお手伝いしてきました。
好きな言葉:知足/縁起
好きなこと:国内海外旅行/写真/温泉/散歩
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