Brand Design lab.
ブランドデザイン研究所
コクヨ — 「道具」から「好奇心」へ。120年ブランドの刷新に学ぶ
Type Something
2026/4/11
こんにちは、スタジオグラムです。
机の引き出しを開けると、必ずといっていいほど「Campus」のロゴが目に入ります。学生時代に使っていたノートが、社会人になっても手元にある。そんな経験を持つ方は多いのではないでしょうか。
コクヨは1905年の創業から120年にわたり、私たちの「書く」「働く」「学ぶ」日常に寄り添ってきたブランドです。2025年10月、コクヨはその120周年の節目に、創業以来初となるコーポレートメッセージを発表し、ロゴを含むCIを全面刷新しました。
今回この事例を調べていく中で、私たちも改めて気づかされたことがあります。「ブランドを刷新する」とは、見た目を変えることではなく、会社の在り方を問い直す行為、ということでした。
ぜひ最後までお付き合いください。
※この記事は弊社が独自に調査した情報から書いた記事です。弊社独自の視点が含まれていることをご了承ください。コクヨとは?
コクヨは1905年(明治38年)、創業者の黒田善太郎が26歳のとき、大阪市西区南堀江に和式帳簿の表紙店を開業したのが始まりです。
当時、帳簿の表紙製造は問屋から請け負う仕事で、帳簿全体の価格のわずか5%にすぎないパーツを手がけるところからのスタートでした。
「人の役に立つことをしていれば、必ず受け入れられる」という信念を持ち続けた黒田は、表紙だけの製造から帳簿一式の生産へと事業を展開。社名の由来となる「国誉(コクヨ)」という商標には、故郷の越中富山を出たときの誓い「国の光、誉になる」という初心が込められています。
120年後の今日、コクヨはノート・文具にとどまらず、オフィス家具、働く空間のデザイン、そして人が集まる場づくりへと事業を広げています。従業員数は連結で約8,200名(2024年時点)。生活と仕事の両方に深く根ざした企業です。
ブランドデザインの視点で読み解く
「文具ユーザー」から「好奇心を持つすべての人」へ
コクヨがこのタイミングでブランドを刷新した理由のひとつは、ターゲットの再定義にあります。これまでコクヨのユーザーといえば、学生や会社員という「文具を使う人」というイメージが強くありました。
しかし今回のリブランディングでコクヨが向き合ったのは、より根源的な問いでした。「人はなぜ書くのか」「なぜ学ぶのか」「なぜ働くのか」。
その答えとして辿り着いたのが「好奇心」というキーワード。
コクヨが定義する「好奇心」は、特定の職業や年齢に限定されません。学びたいと思うすべての人、働くことに意味を見出したいと思うすべての人が対象です。この視点の転換は、ブランドの訴求範囲を一気に広げるものでもあります。
私たちがクライアントとブランドの方向性を議論する際も、「誰に売るか」よりも先に「誰のために存在するか」を問うことがあります。理想のお客様を属性(年齢・職業・居住地)ではなく、共通する価値観や感情、感覚の面から探していく感覚です。
コクヨの事例は、その問いの深さが、ブランドの広がりに直結することを示しています。大きな企業だからこそできる戦略に見えますが、実はこの思考のプロセス自体は会社の規模を問いません。「うちのお客さんは誰か」という問いを、もう一段深く掘り下げてみること、それだけで、ブランドの語り方は変わっていきます。
コクヨはこの新しいターゲット像の実現に向けて、「CURIOCITY構想」という新たなプロジェクトも始動させています。「学びたい」「働きたい」「暮らしたい」という3つの前向きな感情をキーワードに、人と人が好奇心を介してつながれる場づくりをグローバルに展開していく構想です。製品を売るだけでなく、コミュニティをつくる。その発想の転換は、ブランドのターゲットを「購買者」から「共感者」に広げる動きでもあります。
「594度」に込められたロゴの物語
新しいコクヨのロゴは、アルファベットの「K」「K」「Y」の3文字で構成されています。見た目はシンプルですが、その中に精緻な設計が施されています。

3文字はすべて等間隔の斜めラインで揃えられており、その斜めラインの角度が「594度」を意味しています。5・9・4、つまり「コクヨ」を数字に置き換えた遊び心です。さらに、360度を超える角度を示すことで「視野の先を見る企業でありたい」という意志も表現されています。
アートディレクターの佐々木拓氏は「ルールに従ってラインやロゴタイプが増えたり組み替えたりしていくことで、見え方が変化し、世界が広がっていく」と設計の意図を語っています。このロゴはひとつの固定されたマークではなく、展開するシステムとして設計されている点が特徴的です。同じルールのもとでパターンを変えながらも、一貫した印象を保つ。これは視覚的な多様性とブランドの一貫性を両立させる、現代的なアプローチだと感じます。
カラーについては、コクヨが長年使ってきた赤を基調としたカラーシステムを継承しながらも、複数の色彩への展開を可能にする設計が施されています。「多面的な事業を持つ企業」というメッセージが、色の体系にも反映されているようです。
コーポレートメッセージ「好奇心を人生に」
今回のリブランディングで最も注目すべきは、コクヨ120年の歴史で初めて設定されたコーポレートメッセージ「好奇心を人生に」です。
5代目社長の黒田英邦氏はこの言葉の背景をこう語っています。「好奇心は競争をあおるものではなく、リスペクトや協働を生む力」。
帳簿の表紙をつくる仕事から始まり、ノートを通じて学ぶ喜びを支え、オフィス家具を通じて働く人の環境を整えてきた120年。事業の形は変わっても、その根底には「人が何かに向き合う瞬間に寄り添いたい」という姿勢が一貫してありました。コクヨはその一貫性を「好奇心」という言葉で再定義したのです。
私たちはデザインを「コミュニケーション手段」として捉えています。ブランドがどんな言葉を使い、どんな色やかたちで語りかけるかは、すべて相手に何を伝えたいかの表現です。
「好奇心を人生に」というメッセージは、コクヨが届けたい価値の本質を一行に凝縮した言葉です。コーポレートメッセージとは、会社のすべての行動が向かう方位磁針のようなもの。自社のブランドにそんな言葉があるかどうかを、改めて問い直したくなりました。
道具から体験へ——顧客接点の一貫した設計
コクヨのリブランディングで特徴的な点は、言葉とロゴを変えるだけにとどまらず、あらゆる顧客接点にそのメッセージが行き渡っていること。(顧客接点をタッチポイントと呼びます)
たとえば、短編映画「The Curiosity Films」の制作。
岩井俊二監督をはじめとする日中米3人の国際的な映画監督に依頼し、「好奇心」をテーマにした作品を制作・公開しました。文具メーカーが映画をつくる——そのギャップが、「コクヨは道具をつくる会社ではなく、体験をつくる会社だ」というメッセージを私たちに語りかけます。
また、品川に構えるワークスペース「THE CAMPUS」は、「働く・学ぶ・暮らす」が交差するオープンな場として設計されています。社外の人も訪れることができるこの場所は、「好奇心で人と人をつなぐ」というCURIOCITY構想を体現したものです。
ノートや文具というプロダクト、THE CAMPUSという空間、そして映画というメディア。それぞれが異なる接点でありながら、すべてが「好奇心を人生に」という一つのコアメッセージに紐づいています。接点が多様であるからこそ、中心に置くコアが必要になる。中心があるからこそ、各メディアが連動するネットワークとして機能するんですね。
思い返せば、Campusノートそのものも、ずっとブランドの一貫性を支えてきた接点です。「Campus」というネーミングには、学びの場という含意があります。シンプルなルーズリーフ・ノートでありながら、学生から社会人まで幅広い世代に使われ続けてきたのは、機能の良さだけではなく「学ぶ自分」というイメージを届け続けてきたからではないでしょうか。
長年積み重ねてきたその信頼が、「好奇心を人生に」という新しいメッセージの土台になっています。歴史ある接点を大切にしながら、新しい言葉でブランドを更新していく。それがコクヨの今回のリブランディングの本質のように思います。
コクヨから中小企業が学べること
今回コクヨの事例を調べていく中で、私たちも改めて気づかされたことがあります。
それは「ブランドの刷新は、大企業だからやるものではない」ということです。
コクヨが120周年という節目にCIを刷新したのは、時代に合わせて「自分たちが何者か」を問い直したからです。帳簿の表紙から始まった会社が、文具になり、家具になり、空間になり、体験になっていく。事業の形が変わるとき、ブランドの言葉とビジュアルが追いついていなければ、お客さまには正確に伝わりません。
これは規模を問わず、どんな会社にも起こりうることです。創業時の商品やサービスと、今の事業内容が変わってきた会社はたくさんあります。それでも「昔からのイメージ」のまま発信を続けていれば、新しいお客さまには届かないどころか、既存のお客さまにも誤解を与えかねません。事業承継のタイミング、周年の節目、新事業を始めるとき——こうした変化の瞬間こそ、ブランドを問い直す絶好の機会です。
もうひとつ印象的だったのは、コクヨが「社内主体でブランドを育てていく」という姿勢を貫いた点です。CI刷新を外部に丸投げするのではなく、社内のメンバーが主体となって設計し、育てていく。その思想が「完成ではなく進化するCI」という言葉に表れています。ブランドは完成したら終わりではなく、会社が動くたびに育てていくものです。この姿勢は、予算規模に関係なく、すべての会社が取り入れられる考え方だと私たちは思っています。
コクヨが120年かけて積み上げてきたものと、中小企業が10年・20年・30年かけて積み上げてきたものは、規模こそ違っても本質は同じです。「人の役に立つことをしていれば、必ず受け入れられる」という創業者の言葉は、今日のどんな会社にも通じます。その想いを、どんな言葉と、どんなデザインで伝えるか。そこにブランディングの仕事があります。
ブランドを整えることは、今すぐ売上に直結しないかもしれません。しかし、ブランドの軸がないまま発信を続けることは、少しずつ「誰にも届かない発信」が積み重なっていくことを意味します。気づいたときに立ち止まって問い直す勇気——コクヨのリブランディングはそれを教えてくれています。
御社は今、誰に向かってどんなメッセージを語りかけていますか?
出典
- コクヨ マガジン「120周年の節目に挑む、コクヨCIリニューアルの現在地」 — https://www.kokuyo.com/magazine/kokuyo/special-ci-renewal/
- コクヨ マガジン「好奇心を人生に——コクヨから社会への121年目の約束」 — https://www.kokuyo.com/magazine/kokuyo/special-120th-rebranding/
- コクヨ ニュースリリース「120周年を機にリブランディング。初のコーポレートメッセージ「好奇心を人生に」を設定、ロゴ刷新」 — https://www.kokuyo.com/news/release/20251002cs1/
- PR TIMES「コクヨ、創業120周年を機にリブランディング」 — https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001158.000048998.html
- 日本経済新聞「コクヨ、創業120周年で企業ロゴ刷新 文具だけではない多面性訴求」 — https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF022L30S5A001C2000000/
- コクヨ クロニクル「創業の時代」 — https://www.kokuyo.co.jp/chronicle/period/01.html
- Wikipedia「コクヨ」 — https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%82%AF%E3%83%A8
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この記事を書いた人
早野 悠
Hayano Yu

株式会社スタジオグラム 代表取締役
ブランドマネージャー認定協会トレーナー
コミュニケーションノイズを無くし、争いのない社会を目指してブランディングに取り組んでいます。福岡市を拠点に、3ステップでつくるブランディング×マーケティング手法で述べ60社をお手伝いしてきました。
好きな言葉:知足/縁起
好きなこと:国内海外旅行/写真/温泉/散歩
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