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ブランドデザイン研究所
伊藤園:「缶入り煎茶」を「お~いお茶」に改名しただけで売上が変わった、言葉とブランドの関係
Type Something
2026/7/8
「お~いお茶」は、最初からその名前だったわけではありません。
1985年に伊藤園が発売した日本初の緑茶缶飲料の名前は、「缶入り煎茶」でした。
中身は現在の「お~いお茶」と大きく変わらない緑茶飲料です。
しかし「缶入り煎茶」は、期待ほど売れませんでした。
「お茶は家で急須で淹れるもの」という当時の常識の壁もあり、
市場への浸透は思うように進まなかったのです。
転機は1989年。伊藤園はこの商品の名前を「お~いお茶」に変更します。
このとき変えたのは、本当に「名前だけ」でした。
茶葉の産地も、製法も、容器の形も、成分も、何一つ変えていません。
それなのに、売上は劇的に変わりました。
「お~いお茶」は日本中に広まり、やがて緑茶飲料市場で
シェアNo.1のブランドへと成長していきます。
言葉が変わると、売れ方が変わる。
伊藤園「お~いお茶」の歴史は、このシンプルで深い真実を体現しています。
今回は、その背景にある「言葉とブランドの関係」をマーケティングの視点から読み解きます。

なぜ「缶入り煎茶」は売れなかったのか?
「缶入り煎茶」という名前には、ある問題がありました。
それは「正確すぎる」ということです。
「缶に入った煎茶です」。これ以上正確な商品説明はありません。
しかし、私たちが日常で飲み物を選ぶとき、求めているのは必ずしも
「正確な情報」ではありません。
喉が渇いた、ひと息つきたい、食後にさっぱりしたい。
そうした「その瞬間の気持ちに応えてくれるもの」を探しているのです。
「缶入り煎茶」という言葉には、情景がありません。
それを手に取ったときの自分の姿が一切浮かんでこず、
感情の入り口がどこにもないのです。
正確であることで、かえって人の心との距離が生まれてしまっていました。
さらに当時は、「お茶はお金を出して買うものではない」という意識が強い時代でした。缶コーヒーや炭酸飲料は外で買うものとして定着していましたが、お茶は違います。
急須で自分で淹れるもの、あるいは飲食店で無料で出てくるもの、という認識が根強くありました。「缶入り煎茶」という名前はその壁をまったく崩せなかったのです。
「缶に入った煎茶ですよ」という説明は、「だから何?」という反応しか生みません。人が何かを購入する理由は、商品の機能説明だけでは生まれないのです。
「お~いお茶」という言葉が持つ情景とブランド力
では、「お~いお茶」はどうでしょうか。
目を閉じて、この言葉を口に出してみてください。
縁側で、家族の誰かが声をかけてくる。
「お~い、お茶だよ」。
庭先の縁に腰を下ろし、白い湯気が立つ湯のみを受け取る。
蝉の声、夏の午後、汗が引いていく感覚――。
わずか五文字だけで、豊かな情景が広がります。
「お~いお茶」という言葉には、日本人の「家族の記憶」が宿っています。
誰かに呼びかけてもらった記憶や、大切にされていた感覚。
「急がなくていい、ゆっくりしていいよ」という温かい許可が、
この「お~い」という呼びかけに凝縮されているのです。
名前とは、機能を説明するためのラベルではなく「情景を売るもの」です。「この商品を手に取ったとき、あなたはこういう気持ちになれますよ」というメッセージを届けるための言葉です。
「缶入り煎茶」は機能を伝え、「お~いお茶」は情景を届けた。
その差が、そのまま売上の差になりました。
世界初のペットボトル緑茶と、新カテゴリーの創造
1989年の改名と同時に、伊藤園はもう一つの歴史的な一手を打ちます。
世界初となる、ペットボトル入りの緑茶飲料の発売です。
今でこそ「ペットボトル入り緑茶」は当たり前の存在ですが、
当時の常識では「お茶をペットボトルで売る」という発想自体がありませんでした。コーラや炭酸飲料はペットボトルで売れても、お茶は売れないと考えられていたのです。
ここで伊藤園が成し遂げたのは、単に商品を売ることではなく、カテゴリーそのものを創造することでした。「外で買って飲む緑茶」という新しいライフスタイルの定義です。そして、そのカテゴリーに親しみやすい「感情の入り口」を作ったのが、「お~いお茶」という名前でした。
機能(外でも手軽に飲める緑茶)と情景(お~いと声をかけてもらえる日常の温かさ)が重なることで、「緑茶を外でお金を出して買う」という新しい生活習慣が、ごく自然に受け入れられていきました。
カテゴリーのパイオニアは、その市場で永遠に「元祖」であり続けます。
かつてヤマト運輸が「宅急便」というカテゴリーの創造者となったように、
伊藤園は「外で買う緑茶」の創造者として人々の記憶に刻まれました。
後からどれだけ多くの企業が参入しても、
「最初に文化を作った会社」という事実は揺らぎません。
「俳句大賞」が、商品を単なる飲料から「文化」にした
伊藤園のブランド戦略において、
もう一つ見逃せない取り組みが「お~いお茶新俳句大賞」です。
1989年のスタートから現在まで毎年実施されているこの企画は、
一般から俳句を募集し、入選作品を「お~いお茶」のパッケージに印刷するものです。
累計応募数は2024年時点で4,300万句を超えています。
プロの俳人だけでなく、小学生から高齢者まで誰でも応募でき、
入選すれば全国のコンビニやスーパーに並ぶ商品に自分の言葉が印刷されます。
この企画の画期的な点は、「お~いお茶を飲む」という日常の行為を、
「日本の詩歌文化に参加する」という体験に昇華させたことです。
コンビニで「お~いお茶」を手に取るとき、
私たちは無意識に「今日はどんな俳句が書いてあるだろう」と期待しています。
パッケージの俳句は毎回変わるため、「今日のお~いお茶」は、昨日のものとは少し違う特別なものになります。
コモディティ化しやすい飲料市場の中で、「今日の商品を確かめたい」という個別の購入動機を作り出したことは、ブランドとして非常に強力な差別化になりました。
広告費をかけて認知を獲得するのではなく、商品そのものを文化の媒体にする。
このアプローチが、「お~いお茶」を単なる飲料から「日本の日常文化の一部」へと引き上げたのです。
「一貫性」が、市場トップのブランドを守る
「お~いお茶」が1989年の改名から現在にいたるまで、緑茶飲料市場のシェアNo.1を維持し続けている最大の理由の一つが「一貫性」です。
名前を変えない。
「お~い」という呼びかけのトーンを変えない。
俳句大賞を続ける。
パッケージデザインは時代に合わせて進化させつつも、
根底にある「緑茶といえばお~いお茶」という連想を何十年も積み重ねていく。
ブランドとは、長期間にわたって一つの方向を向き続けることで、
初めて市場に深く定着します。
「リニューアルしたい」「新しいコミュニケーションを試したい」という衝動は、どの企業にもあります。
しかし「お~いお茶」の歴史が示すのは、一度正しい方向性(コア)を見つけたなら、
「変えないこと」こそが最も価値のある選択である、という事実です。
積み重ねが信頼になり、その信頼がブランドの揺るぎない力になります。
中小企業経営者へ:名前が変わると、売れ方が変わる
伊藤園の事例が示す教訓は、決して大企業だけに当てはまるものではありません。
「店名を変えたら、客層が変わった」
「サービス名を変えたら、問い合わせの質が変わった」
「商品の呼び方を変えたら、地域での評判が変わった」
こうした経験を持つ中小企業の経営者は少なくないはずです。
名前は、最も原始的で強力な「最初のブランドメッセージ」です。
看板よりも、ウェブサイトよりも、ロゴデザインよりも先に顧客に届く、
言葉によるデザインそのものです。
お客様があなたのビジネスを誰かに紹介するとき、どんな言葉を使うでしょうか。
「缶入り煎茶」のような説明的な言葉ではなく、「お~いお茶」のように「あの温かい雰囲気のサービス」と情景が浮かぶ言葉になっているでしょうか。
その差が、口コミで自然と広がるブランドになれるかどうかを左右します。
屋号、サービス名、キャッチフレーズ。
これらを単なる「正確な説明」として終わらせず、
「情景を届ける言葉」として再設計すること。
そこから、ビジネスはブランドとしての力を持ち始めます。
「私たちは何をやっている会社か」という機能の説明ではなく、
「お客様は私たちを通じてどんな気持ちになれるか」という情緒的な問いから言葉を紡ぐこと。
それこそが、時代を超えて愛されるブランドを作る第一歩です。
緑茶飲料市場のトップを走り続ける伊藤園の「お~いお茶」は、
言葉とブランドのデザインがいかに企業の根幹であるかを、
1989年から証明し続けています。
自社のブランドメッセージや言葉の設計を見直したい経営者の方は、
スタジオグラムのブランドデザイン研究所の記事もぜひ参考にしてください。
みつける つくる そだてる
お客様に選ばれ、愛され続けるブランドづくりの方程式。

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この記事を書いた人
早野 悠
Hayano Yu

株式会社スタジオグラム 代表取締役
ブランドマネージャー認定協会トレーナー
コミュニケーションノイズを無くし、争いのない社会を目指してブランディングに取り組んでいます。福岡市を拠点に、3ステップでつくるブランディング×マーケティング手法で述べ60社をお手伝いしてきました。
好きな言葉:知足/縁起
好きなこと:国内海外旅行/写真/温泉/散歩
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