Brand Design lab.
ブランドデザイン研究所
茅乃舎(久原本家):130年の醤油蔵がラグジュアリー食品ブランドへ変わった理由
Type Something
2026/6/23
こんにちは、スタジオグラムです。
スーパーやデパートの食料品売り場で、白を基調としたシンプルなパッケージに円のロゴが印象的な「茅乃舎だし」を目にしたことがある方は多いのではないでしょうか。
あのパッケージを手に取った瞬間、なぜか「これは丁寧に作られているものだ」という感覚を覚えた、という声をよく聞きます。
今回は、福岡が誇る食品ブランド「茅乃舎(かやのや)」を展開する久原本家グループを取り上げ、130年続く醤油蔵がどのようにしてラグジュアリー食品ブランドへと生まれ変わったか、ブランドデザインの視点から読み解いていきます。
茅乃舎(久原本家)とは?

久原本家は、1893年(明治26年)に福岡県久山町(当時の久原村)で小さな醤油蔵として創業しました。創業者の河邉東介は久原村の初代村長を務めた人物でもあり、その土地と深く結びついた企業として地域に根を下ろしてきました。
長い年月をBtoB事業(業務用調味料の卸)を中心に展開してきた久原本家が大きな変革を遂げたのは、4代目社長・河邉哲司氏が舵を取るようになってからのことです。
氏が1978年に家業に入った当時、売上高はわずか6,300万円・従業員わずか6人。
それが現在では売上高303億円・従業員1,246人にまで成長しています。
売上高は実に約500倍。この数字だけ見ても、その変革の大きさが伝わってきます。
ブランドデザインの視点で読み解く
視点1:「誰のためのブランドか」を価値観で定義するまでの葛藤
茅乃舎というブランドが生まれた背景には、河邉哲司社長の一つの問いがありました。
「次世代のためになすべきことは何か」——
この問いが、130年続いた醤油蔵を根本から変えるきっかけになったのです。
2000年代初め、河邉社長はイタリアを訪問した際にスローフード運動と出会います。大量生産・大量消費の時代に素材の本来の旨みと食文化の多様性を守ろうという思想に強く共鳴し、帰国後すぐに「これからはスローフードだ」と宣言。
2005年、福岡の里山に料理店「御料理 茅乃舎」を開業します。
ここで注目したいのは、
ターゲットを「誰か」ではなく「価値観」で設定したことです。
茅乃舎は最初から「食にこだわりを持つ人」に向けて語りかけるブランドとして設計されました。
年齢・性別・居住地ではなく、「素材の本来の味を大切にしたい」という価値観を共有する人々が自然と集まってくるブランド設計——これが茅乃舎の出発点でした。
私たちがクライアントのブランドづくりに向き合う中で、最初に問うことのひとつが
「このブランドは誰の価値観に共鳴するか」です。
ターゲットを絞ることへの怖さから、多くの経営者が「老若男女に愛されるブランドを目指したい」とおっしゃいます。
しかし茅乃舎の例が示すように、価値観を絞ることで、その価値観を持つ人に深く刺さるのです。
視点2:ロゴの「円」が語るブランドの哲学
茅乃舎のロゴは、一見シンプルな円のマークです。
しかしその背景には、多層的な意味が込められています。
ロゴを手がけたのは、クリエイティブディレクターの水野学氏(good design company)。プロジェクトのスタートは2012年でしたが、そのきっかけは河邉社長が飛行機の中で偶然目にした中川政七商店(奈良の麻雑貨老舗)のブランドブックでした。
「同じく古い産業に身を置く者同士」として強く共鳴した河邉社長は水野氏に連絡を取り、本格的なブランディングプロジェクトが動き出しました。
このロゴの「円」には、少なくとも四つの意味が重ねられています。
一つ目は、旗艦店オープンの日に山間に満月が昇ったという実際のエピソード。土地調査をすると店舗の近くに天照大神を祀る神社が存在することも判明し、「茅乃舎は月と太陽に守られている場所だ」という発想が生まれました。
皆既日食のように月と太陽が重なった瞬間を円で表現しているのです。
二つ目は「地球」のイメージ(将来の世界展開を見越して)。
三つ目は禅の「円相(えんそう)」——悟りや宇宙の真理を表す東洋的な概念。そして四つ目が、円の下部がわずかに膨らんでいることで表現される「醤油の一滴」。創業の原点である醤油蔵への敬意が、静かに刻まれているのです。
ロゴマークのリニューアルに最適なタイミングとは何かという問いに対して、私たちは「経営の転換点こそが最も意味深いタイミング」とお伝えしています。茅乃舎のケースは、まさにその典型です。
ロゴとは単なるマークではなく、ブランドの哲学を一瞬で伝える言語なのだと、この事例は教えてくれます。
視点3:「無添加」を言葉ではなく体験として伝えるコンセプト設計
茅乃舎が消費者に届けようとしているメッセージの核心は、
「素材にかける時間と手間を何より大切に」という姿勢です。
しかしこのメッセージは、言葉として主張されるよりも、体験として届けられることを重視しています。
茅乃舎だしのパッケージに「無添加」という文字は確かに記載されていますが、
それよりも前に目に飛び込んでくるのは、和紙を想起させる質感、余白を活かした
シンプルなレイアウト、一筆書きのような書体です。
パッケージを手に取った瞬間に「これは添加物だらけのものとは違う」
と感じさせる——デザインが言葉より先に語りかける設計になっているのです。
これはスタジオグラムが常々クライアントにお伝えしていることと重なります。
デザインとは「見た目を整えること」ではなく、「伝えたいことを熱伝導率高く正確に届けるためのコミュニケーション手段」です。
今回この事例を改めて調べ直す中で、私たちも「伝えたいことは最終的には体験でしか伝わらない」という本質を再確認させてもらいました。
視点4:BtoB企業がBtoCに転換するための接点設計
久原本家が茅乃舎を立ち上げた際に直面した最大の課題のひとつが、
「消費者との接点をゼロから設計すること」でした。
茅乃舎が選んだのは、三つの接点の徹底的な統一でした。
一つ目は「店舗体験」。全国の百貨店・専門店に出店した茅乃舎の店舗は、
いずれも木・和紙・白を基調とした統一されたデザインで、
まるでギャラリーのような空間です。
二つ目は「パッケージ・紙媒体の統一感」。
商品パッケージ・カタログ・レシピ本・ギフト包装まで、すべてのデザインが同じトーン&マナーで統一されています。
これを実現するために設立されたのが、社内のクリエイティブ部門「bios(ビオス)」です。デザインを外注するのではなく内製化することで、ブランドの一貫性と判断スピードを同時に確保しました。
三つ目は「通販・Webの体験」。
どのタッチポイントから入っても「茅乃舎らしさ」が変わらない
——この一貫性こそが、ブランドへの信頼を積み上げる最も地道で、
最も確実な方法です。
このブランドから中小企業が学べること
茅乃舎(久原本家)の事例から、私たちは中小企業の経営者の方にとって極めて重要な示唆を読み取ることができます。
第一に、「誰に向けたブランドか」を価値観で定義すること。老若男女を対象にするのではなく、「素材の味を大切にしたい」という価値観を軸に設定したことで、茅乃舎は熱狂的なファンを生み出しました。あなたの会社が届けたい価値観は何でしょうか。
第二に、ロゴや会社名には「意味」を込めること。茅乃舎の円ひとつに四つの意味が重ねられているように、ロゴはブランドの哲学を凝縮したものです。「見た目がきれいだから」ではなく、「このブランドが何者で、何を大切にしているか」を一瞬で伝えられるデザインをつくることが大切です。
第三に、デザインを「外見の問題」と思わないこと。デザインはブランドのコアメッセージを顧客に伝える最前線のコミュニケーション手段です。「デザインは後回し」という考え方が、どれだけ大きな機会損失を生んでいるか。この事例は静かに教えてくれます。
130年続く老舗でさえ、4代目の経営判断とデザインへの投資によって売上を500倍にすることができました。ブランドを変えるのに、遅すぎるタイミングはありません。事業承継・周年・新事業立ち上げ——その転換点こそが、ブランドを再設計する絶好の機会です。今の自社のブランドは、あなたが届けたい価値観を正確に伝えていますか?
出典
久原本家グループ 公式サイト「茅乃舎ができるまで」— https://www.kayanoya.com/abouts/history/
「進化を止めない老舗・久原本家グループ 4代目が「茅乃舎」で体現する独自の戦略」(Qターン)— https://qualities.jp/offer/article/kubarahonnke1
「[久原本家(茅乃舎)×水野 学のアイデア会議] 創業120年老舗食品メーカーの「ネクストステージ」に向けた飛躍」(AdverTimes)— https://www.advertimes.com/20150227/article184430/
久原本家 / 茅乃舎(good design company)— https://www.gooddesigncompany.com/brands/1sr0jnkn4rpf
「仕方なく継いだ家業、売上高500倍に 久原本家グループ本社河邉社長」(日経ビジネス)— https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/00129/062000115/
Wikipedia「久原本家」— https://ja.wikipedia.org/wiki/久原本家
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この記事を書いた人
早野 悠
Hayano Yu

株式会社スタジオグラム 代表取締役
ブランドマネージャー認定協会トレーナー
コミュニケーションノイズを無くし、争いのない社会を目指してブランディングに取り組んでいます。福岡市を拠点に、3ステップでつくるブランディング×マーケティング手法で述べ60社をお手伝いしてきました。
好きな言葉:知足/縁起
好きなこと:国内海外旅行/写真/温泉/散歩
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