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Fortnum & Mason:317年の伝統が生み出す「喜びの提供」というブランド哲学の実践

Brand Design lab.

ブランドデザイン研究所

Fortnum & Mason:317年の伝統が生み出す「喜びの提供」というブランド哲学の実践

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2026/4/4

概要

Fortnum & Mason(フォートナム・アンド・メイソン)は1707年に創業したイギリスの高級百貨店である。ロンドン・ピカデリーに本店を構え、紅茶、食品、ハンパー(ギフトバスケット)を中心に展開している。

2024年度(2024年7月14日期末)の売上高は2億2,780万ポンド(約455億円)、前年比約9%増を記録した。2023年度の純利益は570万ポンドで、前年比16%の増益となった。従業員数は約833名、オンライン売上が全体の36%を占める。

創業者ウィリアム・フォートナムはアン女王の従者であり、王宮で使用した蝋燭の残りを販売する副業から事業を始めた。現在はカナダのウェストン家が所有し、2024年にはチャールズ国王とカミラ王妃から新たなロイヤルワラント(王室御用達)を授与された。これは28年ぶりの新規授与となった。

ブランド視点の分析

ポジショニング:「英国王室の伝統」×「現代的な喜びの提供」

Fortnum & Masonのブランドポジショニングは明確である。317年の歴史と王室御用達というヘリテージを基盤としながら、「extraordinary food, joy-giving things, and unforgettable experiences(特別な食品、喜びを与えるもの、忘れられない体験)」という現代的な価値提案を掲げている。

ロイヤルワラントは最低5年間の王室への供給実績が必要であり、サステナビリティ、農村コミュニティ支援、芸術・伝統工芸の保護といった厳格な基準を満たす必要がある。2024年の授与にあたり、CEO Tom Athronは「これらの課題は現在、顧客にとって極めて重要」と述べており、伝統的価値と現代的社会要請の両立をブランド戦略の核に据えている。

ブランドの核となる世界観:「A Sense of Pleasure」

Fortnum & Masonの創業以来の理念は「giving our customers 'a sense of pleasure'(顧客に喜びの感覚を提供する)」である。この単一の原則が、300年以上にわたり同社のあらゆる活動を導いてきた。

2020年からのパンデミック期、Athron CEOは事業の再定義を実施した。その結果、「extraordinary food and drink(特別な食品と飲料)」を中核事業と明確化し、2021年には紳士服部門を閉鎖した。この決断は、ブランドの本質的価値への回帰を示している。

ビジュアル・アイデンティティの一貫性

ブランドカラーは「Eau de Nil(オデニール)」と呼ばれる淡い青緑色で、「ナイルの水」を意味する。このカラーは紅茶の缶、パッケージ、店内装飾、ハンパー、ピクニックバッグなど、あらゆるタッチポイントで一貫して使用されている。

ピカデリー本店の正面には1964年に設置された「からくり時計」があり、毎時、創業者2人の人形が登場して互いに一礼する。この時計はピカデリーのランドマークとなっており、物語性のあるブランド体験を象徴している。

店内は螺旋階段と中央の天窓が特徴的で、オデニールブルーとゴールド、ローズピンクの配色が統一されている。この視覚的一貫性が、ブランドの高級感と記憶性を強化している。

マーケティング視点の分析

顧客セグメントとチャネル構成

Fortnum & Masonの平均商品価格は12ポンド(約2,400円)である。CEOは「アクセシブル・ラグジュアリー」の重要性を強調しており、「小さなエントリーポイントから消費者がブランドに参加し、その品質を直接体験できる」戦略を採用している。

売上構成(2023年度)を見ると、UK実店舗売上が前年比34%増と大きく回復した。これは国内需要の回復と国際旅行者の増加によるものである。一方、オンライン売上は全体の36%を占めており、パンデミック期に急成長したデジタルチャネルが定着している。

店舗展開は戦略的に限定されている:

  • ロンドン・ピカデリー本店(1707年〜)

  • セントパンクラス駅店(2013年開店、英国で307年ぶりの2店舗目)

  • ヒースロー空港ターミナル5店(2014年開店)

  • ロイヤルエクスチェンジ店(2018年開店)

  • ビスターヴィレッジ店(2025年開店)

  • 香港K11 Musea店(2019年開店、初の海外単独店舗)

  • ドバイ国際空港店(2024年開店)

空港やターミナル駅への出店は、「旅行者への奉仕」という創業以来の伝統に基づいており、ブランドストーリーと整合している。

デジタルマーケティングとSNS戦略

Instagramアカウント(@fortnums)のフォロワー数は90万8,000人(2024年12月時点)である。投稿数は7,123件で、フォロー数は2,244と、積極的にコミュニティ形成を行っている。

アカウントの説明文は「Home to extraordinary food, joy-giving things and unforgettable experiences since 1707. Now delivering to the EU.(1707年以来、特別な食品、喜びを与えるもの、忘れられない体験の本拠地。現在EUへも配送中)」となっており、ブランドの核となる価値提案と具体的なサービス情報を簡潔に伝えている。

オンライン売上は2024年のEC調査で約7,500万ドル(約112億円)と推定されており、主力市場である英国が全体の80%を占める。食品カテゴリーが全体の37%を占め、紅茶・ハンパー・ビスケットが主力商品となっている。

プロモーション戦略

2025年、Fortnum & Masonは新たなロイヤルティプログラムの導入を発表した。これはスーパーマーケット型の割引プログラムではなく、「クラブ」としての帰属意識を重視した設計となる。

Athron CEOは「顧客は認識され、承認されたいと言っている」と述べ、イベントやサービスへの優先アクセスなど、特典の質を重視する方針を示した。また、2024年7月には紅茶とビスケットのサブスクリプションサービスを開始し、顧客データの収集と継続的関係構築を強化している。

Instagramフォロワー数90万8,000人という規模は、高級食品ブランドとして強力な発信力を示している。視覚的に優れた商品(紅茶缶、ハンパー、アフタヌーンティー)は「インスタ映え」しやすく、UGC(ユーザー生成コンテンツ)の創出に適している。

ブランド世界観とマーケティング施策の結びつき

Fortnum & Masonの強みは、「A Sense of Pleasure(喜びの感覚)」というブランド哲学と、具体的なマーケティング施策が高度に整合していることである。

ハンパー戦略は、この結びつきの最良の例である。ハンパーは60ポンドから6,000ポンドまで幅広い価格帯で展開され、オデニールブルーの籐バスケットに厳選された食品が詰められている。これは単なる商品ではなく、「贈る喜び」「受け取る喜び」を具現化したブランド体験である。

アフタヌーンティーも同様である。ピカデリー本店4階のDiamond Jubilee Tea Salonでは、エリザベス女王が2012年に開設式を行った。伝統的なアフタヌーンティーの提供は、「unforgettable experiences(忘れられない体験)」という価値提案の直接的実現である。

王室御用達の活用も戦略的である。パッケージや店頭に紋章を表示することで、品質保証と権威性を視覚的に伝えている。同時に、サステナビリティや伝統工芸保護といった現代的価値も、王室の新基準を通じて具体化している。

革新性も、伝統との矛盾なく展開されている。1738年のスコッチエッグ発明、1886年の英国初ハインツ缶詰販売、2020年のスパークリングティー開発など、「英国初」「世界初」の実績を重ねることで、「伝統的でありながら革新的」というブランドポジションを強化している。

数字から見る成功要因

1. 安定的成長と収益性の向上

2014年から2024年までの売上推移を見ると、着実な成長が確認できる:

  • 2023年度: 2億860万ポンド(前年比11.9%増)

  • 2024年度: 2億2,780万ポンド(前年比9%増)

純利益率も改善している:

  • 2023年度: 570万ポンド(前年比16%増)

  • 利益率: 約2.7%

高級食品小売という事業特性を考えると、この利益率は健全である。無借金経営とウェストン家による長期的視点での経営が、短期的利益追求ではなく「ブランド価値の維持」を優先させている。

2. 実店舗の回復力

2023年度、UK実店舗売上は前年比34%増となり、コロナ前の水準を回復した。これは以下の要因による:

  • 国内需要の回復

  • 国際旅行者の増加

  • ピカデリー本店のリニューアル投資(2007年に2,400万ポンドを投資)

2025年には過去20年で最大の投資として、二重螺旋階段の設置を計画している。これは店内動線の改善により、来店客数の増加を目指すものである。

3. オンライン事業の定着

オンライン売上36%という比率は、高級百貨店としては高水準である。パンデミック期に急成長したデジタルチャネルが、アフターコロナでも維持されている。

2024年のオンラインEC売上は約7,500万ドル(約112億円)と推定され、今後も0-5%の成長が見込まれている。EC事業の強化により、地理的制約を超えた顧客基盤の拡大が可能となっている。

4. 戦略的な国際展開

香港店(2019年)、ドバイ空港店(2024年)の開設は、アジア・中東富裕層へのリーチを拡大している。特にドバイ国際空港は2024年に8,880万人の旅客数が見込まれており、グローバルな顧客接点として戦略的価値が高い。

米国市場にも注目しており、Williams-Sonoma社との提携により、100店舗以上でFortnum & Mason商品を展開している。ポップアップ店舗の展開も計画されており、「限定的かつ管理された方法」での拡大を進めている。

今後の展望・注目すべきポイント

1. ロイヤルティプログラムによるデータ活用

2025年夏までに開始予定のロイヤルティプログラムは、Fortnum & Masonにとって重要な転換点となる。特に実店舗顧客のデータ取得が課題となっており、Athron CEOは「店内の顧客が誰であるかをより良く理解したい」と述べている。

このプログラムは割引ではなく「承認」と「帰属意識」を重視する設計となっている。イベント優先アクセス、限定商品、パーソナライズされたサービスなど、「体験価値」を通じた顧客エンゲージメントの強化が狙いである。

2. サステナビリティへの注力

2024年のロイヤルワラント取得条件には、サステナビリティ、農村コミュニティ支援、伝統工芸保護が含まれている。Athron CEOは「これらの課題は顧客にとって極めて重要になっている」と明言しており、今後の調達・商品開発戦略の中核となる。

具体的には:

  • リサイクル素材を使用したピクニックバッグ

  • 有機栽培の紅茶やスキンケア商品の拡充

  • 英国および世界の小規模生産者との協働

これらの取り組みは、ブランドストーリーの真正性を強化し、サステナビリティ意識の高い若年層への訴求力を高める。

3. 体験型店舗への投資

2025年の二重螺旋階段設置は、約9ヶ月の工事期間を要する大規模投資である。これは「店舗を単なる販売場所ではなく、体験の場とする」戦略の具現化である。

ピカデリー本店には既に5つのレストラン・ティールームがあり、Diamond Jubilee Tea Salonでのアフタヌーンティーは予約困難な人気である。今後も「食べる」「体験する」機能の強化により、来店動機を高める方針である。

4. 国際展開の加速

ドバイ空港店の成功を受け、さらなる空港店舗の展開が予想される。旅行小売(トラベルリテール)市場は、富裕層へのリーチと免税メリットにより、高い収益性が期待できる。

米国市場では、ポップアップ店舗での試験的展開を通じて、フルスケール店舗の可能性を探る段階にある。ただし、Athron CEOは「成長のための成長」を否定しており、ブランド価値を損なわない慎重な展開が継続される。

5. デジタル化とオムニチャネル強化

サブスクリプションサービス、ロイヤルティプログラム、EC強化により、オンライン・オフラインの統合が進む。特に、実店舗での購入データとオンライン行動データを統合することで、よりパーソナライズされたマーケティングが可能となる。

Instagramを中心としたSNSマーケティングも継続的に強化される見込みである。90万8,000フォロワーという基盤を活用し、UGC創出、インフルエンサー協働、ライブコマースなど、多様な施策が展開される可能性がある。

まとめ

Fortnum & Masonの成功は、317年の伝統を現代的価値提案へと昇華させたブランド戦略にある。「A Sense of Pleasure(喜びの感覚)」という単純かつ普遍的な理念を、ハンパー、紅茶、アフタヌーンティー、王室御用達、オデニールブルーといった具体的なタッチポイントで一貫して表現している。

財務面では、売上高2億2,780万ポンド(約455億円)、純利益570万ポンドと安定成長を続けている。無借金経営による財務健全性と、ウェストン家による長期視点の経営が、短期的利益ではなくブランド価値の維持を可能にしている。

マーケティングでは、実店舗36%減、オンライン36%というバランスの取れたチャネル構成を実現した。平均商品価格12ポンドの「アクセシブル・ラグジュアリー」戦略により、幅広い顧客層へのリーチを維持しながら、高級ブランドとしてのポジショニングを保っている。

2025年以降の注目点は、ロイヤルティプログラム導入によるデータ活用、サステナビリティ強化、体験型店舗への投資、国際展開の加速である。これらの施策は全て、「extraordinary food, joy-giving things, and unforgettable experiences」というブランド価値提案と整合しており、一貫性のある成長戦略となっている。

年商1億〜30億円の中小企業経営者にとって、Fortnum & Masonの事例から学べることは多い。特に、「単一の明確な理念」「視覚的一貫性」「伝統と革新の両立」「体験価値の重視」「長期視点の経営」は、規模を問わず応用可能なブランディングの原則である。


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みつける つくる そだてる
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この記事を書いた人

早野 悠

Hayano Yu

株式会社スタジオグラム 代表取締役
ブランドマネージャー認定協会トレーナー

コミュニケーションノイズを無くし、争いのない社会を目指してブランディングに取り組んでいます。福岡市を拠点に、3ステップでつくるブランディング×マーケティング手法で述べ60社をお手伝いしてきました。

好きな言葉:知足/縁起 
好きなこと:国内海外旅行/写真/温泉/散歩

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