駅から始まる住みたい街。

駅には不思議な魅力がある。

私は「駅」を思い浮かべると必ず郷愁や哀愁やがセットになってついてくる。東京に着いた時のドキドキする出会いへの期待より、地方から上京する際に駅で親しい人と別れる切なさの方が心に残っているからかもしれない。

旅に出ると、その思いはさらに強くなる。

27歳の時にヨーロッパ18カ国を3ヶ月間旅をした。ほぼ鉄道で移動したその期間、数えきれない駅に停まっては降りて、列車を待っては時間を過ごした。特急列車に乗るお金もなく、急ぐ必要もなかったから、駅での数時間の待ちはよくあることだった。

荷物の全てが詰まったバックパックを両足の間にしっかり挟み、木製の硬いベンチに座ってぼーっと風景を眺めることは多かった。お昼時のさざなみ立つ世界遺産の湖や地中海に反射して照り輝く朝日やくだらない理由ではじまった深夜の酔っぱらいのケンカなど、初めて出会いまた二度と出会うことがない情景が私の目に映った。

隣に座った若者(彼も旅人だった)と話が始まり、そのまま列車内でも話が続いたこともあったけれど、私の拙い英語では長時間話し込むことは難しかった。そんな時、私たちはどちらからともなく窓の外に目を向けた。

駅にはいろんな思い出がひも付いていて、ある駅を思い出すとまわりに漂っていた記憶がいくつか一緒に引っ張られてくる。訪れた街の風景は忘れてしまうけれど、その街への一歩を踏み出した駅のことは思い出せることが多い。
忘れっぽい私にとって、駅は記憶のトリガーみたいなものだ。

そんな駅はまちづくりにも大きな役割を果たしてきた。
駅は人が移動する際の支点となる場所のひとつ。航空・鉄道・バス・船などの移動手段は「駅」という中継地を持つ。人の住む場所の拡大の歴史は、公共交通機関の発展と密接な関係を持ち、例えば鉄道網の発展は都市部ではなく郊外に住むことの選択を可能にした。エベネザー・ハワードが提唱した田園都市論も鉄道が重要な役割を担っている。

とりとめもない文章になってしまったけれど、自分が住む街や住みたい街を駅という視点から探してみるのもいいかもしれない、と旅日記を整理しながら思った。